
2024年10月17日
オリジナル
17日。
午前中に、信じて待った電話があり、これでストレス解消
明日、事の顛末を綴ってみましょう。
さて、本宮の続きです。
続いて『中村』入場。

太鼓の皮は、張り替えてるんでしょうか
三台の練り合わせ

『妻鹿』は、近年珍しく 入り口の45度?の坂で まさかの落とし
その後 総代さんはすぐに屋台から降りました。
同級生の総代と、天才芸術家が盛り上げる『東山』

去年のリベンジに燃える『八家』と『妻鹿』が加わって三台練り。
しばらくして『東山』が不自然に練り合わせから離脱
その後、2人が走って 広畠から降りて お宮さん方向へ
添え打ちの太鼓打が、脇棒方向を見ていたので 解説のタカ棟梁と
『何かあったな、新調した泥台か、脇棒?』
と言っていたら ヒビの入った脇棒が外されて運ばれていきました。
これは時間がかかると見て、一旦事務所の後片付けへ
途中、『メロス』とすれ違いました

来年は、山の近くに置いておきましょう
事務所に着いて、ライブ中継見ながら 後片付けと復旧。
パソコン繋いで、机の上を元どおりにしてゴミを捨てて
そろそろ 獅子屋台が降りてきそうなので再び山へ
後半戦は、灘祭りを見るのが初めてのアベック(ふるー)に解説しながら見物。

後半の神輿合わせは、タイミングが合って屋根同士が平行に合わせてました
最後の三の丸の獅子屋台スタイルは、解説席の2人とも
『どうなん
』
帰りの『木場』も 素晴らしい練りで 颯爽と帰路につき
『松原』は、胴突きすることなく、『松原の祭り』をしながら帰村
従兄弟が芯を打つ『中村』も、垂直落下することなく帰っていきました。
旧国道に降りて ダッシュ前の『妻鹿』
はやる気持ちを抑えるような『遅太鼓』ヤーサからすっ飛んで行きました。
ここで22時前となったので 私たちも帰路につきました。
『アベック』も一緒に帰ったので、せっかくなので中道へ
すると 道路に松原の『しゃくとり』の痕跡が無数に
ほぼ『しゃくとり』で蔵まで帰ったのでしょう
帰宅して 晩御飯食べて、部屋でまどろんでいたら
『八家屋台 無事 蔵に納まりました』の放送が0時過ぎ。
今年も長い祭りとなりました。
私が小学生の頃は、20時には帰ってきてたはず。
一度 『オリジナル』を見直してみてはどうかなぁ
『知らんけど
』
午前中に、信じて待った電話があり、これでストレス解消

明日、事の顛末を綴ってみましょう。
さて、本宮の続きです。
続いて『中村』入場。

太鼓の皮は、張り替えてるんでしょうか

三台の練り合わせ

『妻鹿』は、近年珍しく 入り口の45度?の坂で まさかの落とし

その後 総代さんはすぐに屋台から降りました。
同級生の総代と、天才芸術家が盛り上げる『東山』

去年のリベンジに燃える『八家』と『妻鹿』が加わって三台練り。
しばらくして『東山』が不自然に練り合わせから離脱

その後、2人が走って 広畠から降りて お宮さん方向へ

添え打ちの太鼓打が、脇棒方向を見ていたので 解説のタカ棟梁と
『何かあったな、新調した泥台か、脇棒?』
と言っていたら ヒビの入った脇棒が外されて運ばれていきました。
これは時間がかかると見て、一旦事務所の後片付けへ
途中、『メロス』とすれ違いました


来年は、山の近くに置いておきましょう

事務所に着いて、ライブ中継見ながら 後片付けと復旧。
パソコン繋いで、机の上を元どおりにしてゴミを捨てて
そろそろ 獅子屋台が降りてきそうなので再び山へ
後半戦は、灘祭りを見るのが初めてのアベック(ふるー)に解説しながら見物。

後半の神輿合わせは、タイミングが合って屋根同士が平行に合わせてました

最後の三の丸の獅子屋台スタイルは、解説席の2人とも
『どうなん

帰りの『木場』も 素晴らしい練りで 颯爽と帰路につき
『松原』は、胴突きすることなく、『松原の祭り』をしながら帰村
従兄弟が芯を打つ『中村』も、垂直落下することなく帰っていきました。
旧国道に降りて ダッシュ前の『妻鹿』
はやる気持ちを抑えるような『遅太鼓』ヤーサからすっ飛んで行きました。
ここで22時前となったので 私たちも帰路につきました。
『アベック』も一緒に帰ったので、せっかくなので中道へ
すると 道路に松原の『しゃくとり』の痕跡が無数に

ほぼ『しゃくとり』で蔵まで帰ったのでしょう

帰宅して 晩御飯食べて、部屋でまどろんでいたら
『八家屋台 無事 蔵に納まりました』の放送が0時過ぎ。
今年も長い祭りとなりました。
私が小学生の頃は、20時には帰ってきてたはず。
一度 『オリジナル』を見直してみてはどうかなぁ
『知らんけど

Posted by 平田 朗 at 21:12│Comments(0)
│まつり
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